野球

松永浩美の過去の成績や年俸は?現在は何の仕事をしているのか?

こんにちは!LEONです!

 

6月26日放送「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」

かつて史上最高のスイッチヒッターと称され活躍していた

松永浩美さんが出演します

 

野球大好きな私ですが

年代の違いで正直どのような選手か知りませんでした

 

そこで今回は松永さんが過去どのような成績を残してきたのか?

また、年俸はどれくらい貰っていたのかなど

詳しく見ていきたいと思います!

 

では、さっそくプロフィールから見ていきましょう!

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松永浩美プロフィール

名前:松永浩美(まつなが ひろみ)

生年月日:1960年9月27日

年齢:58歳(2019年6月時点)

出身地:福岡県北九州市八幡東区

身長:180㎝

体重:78㎏

ポジション:三塁手、遊撃手

現役時代には史上最高のスイッチヒッターと称された松永さんですが

意外にも幼少期はサッカー少年

ポジションはFWだったそうです!

 

当時の夢は「ワールドカップ出場」と

かなりサッカーにのめり込んでいる印象を持ちます

 

高校は地元福岡県にある

福岡県立小倉工業高等学校に進学

当時は外野手兼控え投手だったらしく

ここから肩が強い選手だったのかなとうかがえますね!

 

高校を卒業後にプロ野球に進んだかと思いきや

高校を中退ドラフト外入団として「阪急ブレーブス(現オリックス)」に入団

 

そんな入団方法があるんだ~と思っていたら

野球機構が定める規約を違反したとのことで選手登録できず

一年間練習生兼用具係としてチームに同行していたそう💦

 

その後1979年に支配下選手と認められプロ野球選手に!

スイッチヒッターとして活躍し

 

  • 阪急ブレーブス
    オリックス・ブレーブス
    オリックス・ブルーウェーブ (1979 – 1992)
  • 阪神タイガース (1993)
  • 福岡ダイエーホークス (1994 – 1997)

を渡り歩き

1997年に自由契約を申し込み

メジャーリーグに挑戦しますが

プレシーズンゲームでヒットが打てず引退しています

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現役時代の成績を紹介!

史上最高のスイッチヒッターと呼ばれた松永さんですが

現役時代の成績はどれほどのものだったのでしょうか?

また、獲得タイトルも気になります!

 

年度別打撃成績

1981年(73試合)打率.326、本塁打2、打点15、盗塁4

1982年(128試合)打率.236、本塁打12、打点44、盗塁21

1983年(122試合)打率.281、本塁打21、打点74、盗塁20

1984年(125試合)打率.310、本塁打19、打点70、盗塁21

1985年(130試合)打率.320本塁打26打点87盗塁38

1986年(130試合)打率.301、本塁打19、打点75、盗塁20

1987年(114試合)打率.290、本塁打11、打点45、盗塁9

1988年(130試合)打率.326、本塁打16、打点77、盗塁11

1989年(124試合)打率.309、本塁打17、打点60、盗塁14

1990年(128試合)打率.284、本塁打21、打点70、盗塁26

1991年(130試合)打率.314、本塁打13、打点76、盗塁20

1992年(118試合)打率.298、本塁打3、打点39、盗塁15

1993年(80試合)打率.294、本塁打8、打点31、盗塁3

1994年(116試合)打率.314、本塁打8、打点55、盗塁8

1995年(87試合)打率.238、本塁打3、打点21、盗塁5

1996年(66試合)打率.217、本塁打3、打点13、盗塁3

1997年(15試合)打率.125、本塁打1、打点3、盗塁1

 

獲得タイトル

  • 盗塁王1回(1985年)
  • 最高出塁率1回(1989年)

表彰

  • ベストナイン:5回 (三塁手部門:1988年 – 1991年、1994年)
  • ゴールデングラブ賞:4回 (三塁手部門:1984年、1989年、1990年、1994年)
  • オールスターゲームMVP:1回 (1985年 第3戦)

 

その他にもサイクルヒットを2回達成したり

全打順本塁打を放っているなど数々の記録を残していました!

 

1985年の成績なんかあと4本ホームランが出ていたら

トリプルスリーだったりと走攻守揃った選手なのが分かります!

 

年度別年俸推移

1979年 (19歳)  支配下選手登録 (阪急)

1980年 (20歳)    280万円

1981年 (21歳)    280万円

1982年 (22歳)    420万円

1983年 (23歳)    720万円

1984年 (24歳)   1200万円

1985年 (25歳)   2300万円

1986年 (26歳)   2800万円

1987年 (27歳)   3000万円

1988年 (28歳)   2980万円

1989年 (29歳)   4800万円

1990年 (30歳)   7000万円

1991年 (31歳)   6500万円

1992年 (32歳)   9600万円

1993年 (33歳)   9600万円 (阪神)トレード移籍

1994年 (34歳) 1億4400万円 (ダイエー)FA移籍

1995年 (35歳) 2億2000万円 

1996年 (36歳) 1億6500万円

1997年 (37歳)      1億円

 

このような年俸推移になっています!

億プレイヤーなのは納得なのですが

引退した1997年にも年俸1億円貰っていたんですね!

 

今の時代だったらもっと額は上がりそう!

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現在は何のお仕事をしているのか?

1997年に現役を退いてから

今年で12年が経っています

 

現在は何のお仕事をされているのでしょうか?

調べてみたところ

 

現役を引退してからは

アマチュア選手の育成に力を入れ

2006年に「松永浩美ベースボールアカデミー」を設立

主に小中学生を対象にプロ野球の育成を行っていました

 

その後BCリーグ「群馬ダイヤモンドペガサス」に一年間の契約でコーチに就任

 

現在は家族で鹿児島へ移住し

南九州を拠点に野球教室の講師を務める傍ら

野球解説コラムの執筆、講演会などのお仕事をされているみたいです!

 

まとめ

以上が松永浩美さんについてでした!

 

最初はどんな選手か分かりませんでしたが

スイッチヒッターとしてかなりの成績を残されていてびっくりしました!

左右別の成績もあれば面白かったのですが💦

 

最後まで読んでいただきありがとうございます!

では、また別の記事で!